大阪高等裁判所 平成4年(ネ)155号 判決
名古屋市中区金山五丁目二番二二号
控訴人(附帯被控訴人)
矢嶋工業 株式会社
右代表者代表取締役
矢島茂
右訴訟代理人弁護士
三宅正雄
安江邦治
右輔佐人弁理士
飯田堅太郎
飯田昭夫
大阪府堺市槙塚台二丁二〇番一一号
被控訴人(附帯控訴人)
青山好高
右訴訟代理人弁護士
牛田利治
白波瀬文夫
岩谷敏昭
主文
本件控訴及び附帯控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 申立て
一 控訴人(附帯被控訴人。以下、単に「控訴人」と表示)
「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決並びに附帯控訴棄却の判決。
二 被控訴人(附帯控訴人。以下、単に「被控訴人」と表示)
控訴棄却の判決並びに「原判決の主文第一項を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、一二〇七万五三六〇円及びこれに対する昭和五九年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決。
第二 事案の概要
原判決三頁以下の第二の項に記載のとおり。ただし、八頁以下の四の項と、五の2の項、六の4の項を除く(いずれも、第一審原告株式会社テクノアオヤマの請求に関する部分。当審の審判の対象外)。また、六頁一〇行目及び七頁六行目に「符合」とあるのを「符号」と訂正する。なお、第一審における被控訴人の請求額は三〇〇〇万円であったが、附帯控訴の趣旨の限度における請求額が、当審の審判の対象である。
第三 被告物件が本件考案の技術的範囲に属するか否か(争点1=原判決一一頁)についての当事者の主張と判断
一 原判決一一頁九行目以下五六頁六行目までに記載のとおりである。ただし、次のとおり付加訂正する。原判決二〇頁五行目の冒頭に「終端部位5には、」とあるのを「終端部位5には」と訂正。二一頁七行目に「「前述のような」という表現」とある次に「(訂正明細書7頁2行)」を付加。二三頁一〇行目に「できるものでないともいえない」とあるのを「できないことの主張立証はない」と訂正。四八頁一一行目の冒頭に「保できて、」とあるのを「保できるので、」と訂正。五四頁一〇行目の「過剰停滞を防止」」の次に「(訂正明細書5頁2行)」を挿入。同頁末行の「ことを防止し」」の次に「(訂正明細書5頁3行ないし5行)」を挿入。五五頁五行目に「区域へ送られ決して」とあるのを「区域へ送られ決っして」と訂正。
この点につき、当審において、控訴人は、次の補足的主張をした。これに対する当審の判断と共に、項を改めて以下に説示する。
二 本件訂正(原判決五頁以下の3の項)の無効についての主張及び判断
(控訴人の補足的主張)
1 訂正事項(二)、(五)は、明瞭でない記載の釈明に当たらず、右の点の訂正は、実用新案法三九条一項ないし三項に違反している。訂正事項(三)、(四)は、本件考案の要旨を変更するものなので、無効である。したがって、訂正事項(一)も認められない。以下に、以上の点を敷衍する。
2 (二)及び(五)の訂正は、「螺旋形段部4の上部終端部位は第3図の符号5で示した部分であり」とし、第3図の符号5の位置を図面上方にずらし、送出板8の位置を、符号5で示した部分の図面下方の部分にも示すようにしたものである。
しかし、訂正前の図面においては、符号5で示されていた部分も、訂正後の符号8で示されている部分にまで及んでいた以上、第3図の4-4断面部位で符号8が指示する領域は、寸法計測部材14の外側のみを意味し、また、5-5断面部位では、右領域は、寸法計測部材14の延長線上と仕切部材13の間にあった。そして、4-4断面部位での寸法計測部材14の内側は、符号5で表された上部終端部位であったことは明白である。すなわち、上部終端部位5と送出板8とは、4-4断面部位において、寸法計測部材14の下側あたりで、同部材の内側から外側にかけて連続的に接続していた。
これを(二)及び(五)の訂正のようにしたことは、内容的に矛盾したものとなり、不自然であり、明瞭でない記載の釈明とはいえない。
3 (三)、(四)の訂正も意味不明であり、本件考案の要旨を変更する。
まず、送出板8は、大部品区域11と小部品区域12から成ることは明細書の記載から明らかである。そして、図面における大部品区域11と小部品区域12の位置形状からみると、送出板8について、(三)の訂正のように「部品容器の直径方向に張出した状態」とする記載は意味不明である。
この訂正文言からは、(四)の訂正に係る作用効果は演繹されない。すなわち、本件考案においては、小部品区域12は、本来、小ナットの通路としての意味しか有せず、通路が過密となったときは、後続の小ナットによって、過剰な小ナットを排出口17あるいは送出板8の端縁26から落下させて、部品容器内へ回収することしか考えていなかったのである。
さらに、送出板8は大部品区域11と小部品区域12から成るが、大部品区域11の位置と送出板8の位置の関係からすると、送出板8は、大部品区域11にも小部品区域12にも属さないことになる。また、本件考案の訂正後の構成によれば、小ナットは上部終端部位5付近で、直接、寸法計測部材14の下側を通過することができないことになる。これらのことからすると、本件訂正は、本件考案の要旨を変更する。
4 以上の結果に合わせるためにした(一)の訂正も、無効である。
(判断)
1 そもそも、実用新案法において訂正無効審判請求の制度が設けられている趣旨にかんがみれば、いったん審判請求が認められた実用新案権の明細書及び図面の訂正が無効か否かは、特許庁にその第一次判断がゆだねられるべきものであって、特段の事情の存しない限り、登録に係る考案の技術的範囲は、訂正後の明細書及び図面によって決定されなければならない。しかも、本件においては、次の事実が認められる。
被控訴人が本件実用新案権の明細書及び図面についてした訂正審判請求が平成元年六月一九日の審決により認められ(特許庁昭和六〇年審判第一六七一八号。甲第一二号証)、同日、控訴人からの訂正異義申立ても理由がないとの決定があった(甲第一一号証)。控訴人は、右訂正の無効審判請求をしたが(特許庁平成一年審判第二〇九一〇号)、平成三年八月二九日、この請求を不成立とする審決があり、この審決取消訴訟(東京高裁平成三年行ケ第二四三号)でも、平成四年一一月二六日、審決を支持する判決があった(乙第一三号証)。
そして、控訴人が訂正無効の審判請求で主張した事由と、本訴で主張している訂正無効の事由は、本件訂正に実用新案法三九条一項ないし三項に違反する事由がある、という同一のものであることは、弁論の全趣旨から明らかである。
2 本件訂正についての右の各審決及びその取消訴訟における現段階の経緯下においては、格別の事情が認められない限り、本件訂正に無効があるものとすることはできない。そして、本件において右の格別の事情があるものということはできないことは、原判決一七頁以下の(二)の項に記載の理由から明らかであり、ほかにこの格別の事情を認めるべき証拠もない。
したがって、本件訂正は無効であるとする控訴人の主張は採用することができない。控訴人は、本件訂正が無効であることを前提にして、本件考案の訂正前の構成によれば、被告物件(イ号物件及びロ号物件=原判決八頁一行目)は実用新案権を侵害するものでないと主張するが、その採用することのできないことも明らかである。
3 なお、控訴人は、本件考案の登録無効審判請求をしていたが(特許庁昭和五九年審判第七三五二号)、平成元年六月二九日、右審判請求を不成立とする審決があった。この審決の取消訴訟(東京高裁平成元年行ケ第一九九号)において、右審決は取り消された(平成四年一一月二五日判決言渡し)。この判決における審決取消理由は、「本件審決は、訂正審決が対外的にまだ成立していなかった日にされたから、本件審決は、本件考案の要旨を訂正後のものとして認定することはできなかった。しかるに、本件審決は、訂正後の登録請求の範囲に従って本件考案の要旨を認定したから、違法である。」というにある(乙第一二号証)。本件訂正に無効が認められないとした前記審決の取消訴訟でその審決が支持された以上、無効審判請求を不成立とした前記審決の瑕疵は存しなくなっている。
三 構成要件の充足についての主張と判断
1 先に引用した原判決の理由によれば、被告物件は、本件考案の構成AないしGを充足するものというべきである。
2 控訴人は、本件考案の構成要件A、F、Gは、周知の事項に属するものであって、本件考案の特徴をなすものではないと主張する。しかしながら、侵害を主張された者が、実用新案登録そのものを無効と主張するのとは別に、考案の構成要件の一部のみを取り上げて、これが周知の事項で考案の特徴でないとだけ主張するのは、登録された考案の構成要件を無視するものであって、許されない。そもそも、構成要件の一部が考案の特徴をなすものでないからとしてこの要件を除外するとした場合には、考案の技術的範囲はそれだけ広くなるのであり、このような主張は、実用新案権の侵害を主張されている者にとって無意味なものとなる。控訴人の右主張は失当である。
控訴人の主張の中には、本件考案の構成要件C、Dも本件考案の特徴的要件をなすものではないとする部分があるが(控訴人平成四年九月一八日付け準備書面四頁ないし五頁)、この主張の失当なことも、右と同様である。
3 控訴人の主張の中には、本件訂正が無効であることを前提にして、訂正前の登録請求の範囲の構成要件を被告物件と対比して、被告物件は右の構成要件のCとDを充足しないとする部分がある。しかし、本件訂正を無効とすることができないこと、前判示のとおりである。控訴人の右主張も失当である。
4 構成要件Bの充足
被告物件が本件考案の構成要件Bを充足することは、原判決三五頁以下の(二)の項で認定判断しているとおりである。
控訴人は、乙六装置(原判決二六頁の〈6〉)は本件考案の構成要件Bを備えておらず、したがって、本件考案に新規性ないし進歩性がないという控訴人の主張には理由がないとした原判決の説示(三二頁以下の〈3〉の項)をとらえて、被告物件は乙六装置との間に相違点がないので、乙六装置と同様、本件考案の構成要件Bとは異なる構成を有し、この構成要件を充足するものではないと主張する。
しかし、乙六装置の「過剰小部品回収手段」が、被告物件の小ナット用オーバーフローと、その位置及び目的を異にするものであり、また、構成要件Bに関する構造も異なることは、控訴人が引用する原判決の右説示及び五八頁五行目から八行目の括弧内のとおりである。控訴人の主張は採用することができない。
5 構成要件Eの充足
本件考案の構成要件Eの意義及び被告物件における小ナット用オーバーフロー21の作用効果について、控訴人は、次のとおり述べる。
本件考案の小部品区域12内の過剰小部品落下回収手段は、小部品区域12内に充満した小部品を落下回収して、螺旋形段部の上部終端部位5にある寸法計測部材14の小部品の通過をスムーズにし、併せて、小部品の大部品区域11への進入、同区域内での大部品との混入を防止することをその役割としている。
これに対し、被告物件における小ナット用オーバーフロー21は、大小ナットをナットフィーダーに供給する際に、何らかの事情で、大ナットの供給を続け、小ナットの供給のみを停止しようとする場合に、振動体2の振動を停止するわけにはいかないので、小ナットも、小ナット用走路6を進行し続け、小ナット用シュート8に至るが、同所での出口が塞がれるために、小ナットは小ナット用走路6に停滞することになるので、この場合、小ナット用オーバーフロー21において、小ナットを落下させて、走路上の大ナットの進行を確保しようとするのである。したがって、被告物件の小ナット用オーバーフロー21の目的及び作用効果は、本件考案の小部品区域12内の小部品落下回収手段とは、その目的及び作用効果において全く異なる。
控訴人は以上のとおり主張するが、被告物件において控訴人主張のような作用を呈することがあったとしても、被告物件の小ナットオーバーフロー21が、本件考案のEの構成に係る過剰小部品の回収手段の呈する作用を呈することにならないというものではない。被告物件の小ナットオーバーフロー21が本件考案の回収手段の作用を呈することは、原判決五二頁以下の(3)の項で説示しているとおりである。控訴人の右主張をもってしても、被告物件が本件考案の構成要件Eを充足することを覆すものではない。
四 その他、被告物件が本件考案と同様の作用効果を奏することは、原判決四八頁以下の(八)の項で認定しているとおりである。
第四 先使用権(争点2)
これについての当事者の主張は、原判決五六頁以下の二1の項に記載のとおりであり、当裁判所の認定判断も、原判決五八頁の2の項に説示しているとおりである。
第五 損害賠償額(争点3)
主張及び判断は、原判決五八頁以下の三の1及び2の項に説示しているとおりである。
(損害額についての被控訴人の補足的主張)
原判決は、エスケー工業株式会社に対する調査嘱託の回答にある異種ナットのうちの五台がオーバーフロー処理のされていない物件であるとして、これを侵害物件から除外している。しかし、このオーバーフローとは、原判決別紙ロ号物件目録の符号17で示されているものであって、本件考案のEの構成(小部品区域内の過剰小部品を送出板かち落下させて部品容器へ回収する手段)とは異なり、これとは無関係のものである。したがって、右の五台も侵害品から除外されるべきではない。
原判決の侵害物件一台当たりの利益額の認定は正当ではない。一台当たり二四万円もの内製費が含まれるものとしているが、この具体的内容は明らかでない。また、この内製費なるものが、製造に要する人件費相当のものであるとすれば、これは、当該商品の製造販売に直接要した費用でないから、控除すべきでない。少なくとも、内製費の内容は侵害行為者の立証に属する事項であり、控訴人は内製費の内容について何ら立証していないから、経費として認められない。
控訴人が主張している一台当たり四二万五五六〇円の購入費を前提とすれば、一台当たりの利益額は二七万四四四〇円(販売価格七〇万円から右購入費を控除した額)なので、右の五台を含めた少なくとも四四台分の利益額合計は、附帯控訴の趣旨にある一二〇七万五三六〇円となる。
(当裁判所の判断)
乙第一一号証の一ないし五(エスケー工業(株)作成の製作決定図)によれば、エスケー工業(株)は、過剰部材の処理装置が一切ないパーツフィーダーを製作したことがあることが認められ、このことによると、同社が原審に調査嘱託で回答した中の「オーバーフロー無七台」には、このように過剰部材の処理装置が一切ない製品である可能性を捨て切ることができない。なお、このうち二台は、被控訴人が主張する控訴人の侵害行為の期間外のものである。したがって、この七台のうち右二台を除く五台を、控訴人の侵害物件(イ号物件)と認めることはできない。その他、原判決五九頁以下の(一)の項で認定判断している理由により、被控訴人が主張する昭和五六年五月一四日から昭和五八年四月末日までの間にエスケー工業(株)から控訴人に納入されたイ号物件は、右回答書にある「オーバー処理付き三九台」としか認めることができない。すなわち、当裁判所も認める右の期間中の侵害物件は、右の三九台に、ロ号物件一台(原判決六一頁八、九行目)を合わせた四〇台である。
控訴人が被告物件の製造販売により得た利益の額については、当裁判所も原審と同様に認定する。その過程は、原判決六四頁以下の(二)の項のとおりである。
以上に認定したところによれば、パーツフィーダー一台当たりの利益額は三万四四四〇円であり、一台当たりの販売価格七〇万円の約三・五%に相当する。この利益額は、販売価格七〇万円から、部材の購入費四二万五五六〇円と内製費二四万〇〇〇〇円を控除して得られた額であるが、右の内製費の額は、製造費用の額として、控訴人が本件パーツフィーダーを製造販売するに当たって、内部的に直接要した費用の額として一概に不合理なものとはいえないし、また、この控除の結果得られる控訴人の利益率三・五%も、あながち不合理なものではないというべきである。
第六 結論
以上によれば、控訴人に対して原判決認容額の限度で損害賠償を命じ、その余の被控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴及び附帯控訴は理由がないからいずれも棄却する。控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 塩月秀平)